ogurakaikei’s ブログ

会計・税務及び経済関連(時々雑談)

17世紀における東アジア貿易と三貨制度(1/3)

徳川幕府下の対外交易は「四つの口」で行われることになりましたが、「鎖国」体制構築以前の豊臣政権・初期徳川政権下では、朱印船貿易として行われました。当時東シナ海では倭寇が盛んに活動しており、それらと正規の許可を得た貿易船を区別するために、豊臣政権・初期徳川政権は朱印状を発給し、朱印状を携行する船が朱印船と呼ばれました。朱印船渡航先は、主に東南アジアであったと考えられ、東南アジア各地に日本人町が作られました。また、徳川幕府キリスト教禁制によってスペインやポルトガルとの通商が断絶した17世紀初頭は、オランダ・イギリスが新たにアジアに進出した時代でありました。オランダ東インド会社はアジア・ヨーロッパ間の貿易独占権を付与され、アジア交易ネットワークの拠点として台湾長官を置き、1609年に日本の平戸に商館を開設しました。

17世紀における東アジア貿易と三貨制度(2/3)に続きます。

参考文献

・日本経済の歴史(名古屋大学出版会)